ライフ & ホビーライフ & ホビー

2026.02.12

子どもにとって「早起きは三文の得」ではない…睡眠学の観点からは「朝練」にも疑問がある理由とは? 睡眠研究の第一人者・櫻井武が解説

 日本では現在、子どもの睡眠不足が深刻な問題になっています。東京大学などのグループは現在、全国の小中高生を対象に、ウェアラブルデバイスを用いた睡眠測定を行う「子ども睡眠健診」プロジェクトを推進しています。

 プロジェクトの中間報告によると、小学6年生の睡眠時間は7.9時間、中学3年生は7.1時間、高校3年生は6.5時間で、学年が上になるほど就寝時間は遅くなり、睡眠時間は短くなっていました。

 

 では、子どもにとって睡眠時間はどのくらい必要なのでしょうか? また、不眠を解消させるためにはどのような点に注目すればよいのでしょう。

 筑波大学医学医療系教授で国際統合睡眠医科学研究機構副機構長の櫻井武さんが監修した書籍『サクッとわかるビジネス教養 睡眠の新常識』から一部抜粋、再編集して解説します。

子どもの睡眠不足が深刻な問題に

 米国睡眠医学会は、1~2歳は11~14時間、3~5歳は10~13時間、小学生は9~12時間、中学・高校生は8~10時間の睡眠時間を確保することを推奨しています。

 「中学、高校生でも8~10時間の睡眠時間が必要なの?」と驚いた人も多いのではないでしょうか。学生時代を振り返って「自分はそんなに寝ていなかった」と思う人もいるかもしれません。

 

 しかし、成長にかかわる成長ホルモンは、深睡眠のあいだに分泌されるのです。そのため、成長期にある子どもの睡眠不足が、将来におよぼす影響は計り知れません。

 からだの成長はもちろん、脳の構造の発達も、睡眠不足によってさまたげられます。認知機能が低下し、問題行動につながるとの研究結果もあります。

子どもに必要な睡眠時間
中高生の朝練は効果が小さく、睡眠学の観点からは時代遅れ

 覚醒・睡眠のリズムは年齢によって変化します。一般的に幼児期は朝型で早寝・早起きが得意です。しかし、中学生くらいから夜型に傾く人が増えます。これは、体内時計が平均して約2時間うしろにずれるためです。その後は、年齢を重ねるにつれて徐々に朝型になり、高齢者になると完全な朝型に戻っていきます。

 睡眠不足の状態での中高生の朝練は効果が小さく、睡眠学の観点からは時代遅れです。睡眠には、成績を向上させたり、スポーツや楽器の上達を促したりする効果があるのです。

 

■若い人がなりやすい2つの障害

 日本は朝型社会のため、若い人は遅寝・早起きにならざるをえず、睡眠負債が大きくなりがちです。この状態が続くと、「概日リズム睡眠障害」や「起立性調節障害」などを引き起こす可能性があります。概日リズム睡眠障害とは、体内時計の乱れで睡眠時間が不規則になり、社会生活に支障をきたしている状態のことです。

 

 起立性調節障害は、自律神経のはたらきが悪くなることで血圧のコントロールがうまくいかず、目覚めても起き上がれなくなる状態を指します。

 

■「朝型」をやめると…

 イギリスでは、登校時間を10時にすると、授業中の居眠りが減りました。また、成績で「よい」の評価を受けた割合が増加しました。またアメリカでは学校の始業時刻を遅らせるための活動「Start School Later」があり、生徒の成績向上や心身状態の改善などが報告されています。

 そしてシンガポールでは、シンガポールのある学校が始業時間を45分遅らせたところ、睡眠時間の増加、眠気のレベルの低下、幸福度の改善が見られました。

 日本では現在でも、始業前の朝練がある部活動は珍しくありません。しかし、すでに述べたように、多くの子どもが睡眠不足に陥っているうえ、そもそも夜型の子どもにとって、朝練は大きな負担です。集中力や意欲が低下した状態では、成果は望めません。若者が夜型になるのは生物学的に自然なことであり、朝練や「早起きは三文の得」といった考えは、睡眠学的には時代遅れといえます。

睡眠の悩みは世代によって異なる

 これまでも述べてきたように、日本における子どもの睡眠不足は深刻な問題となっています。睡眠不足の状態での中高生の朝練は効果が小さく、睡眠学の観点からは時代遅れです。睡眠には、成績を向上させたり、スポーツや楽器の上達を促したりする効果があります。

 社会人は「タイパ」を重視するなら、睡眠時間を確保すべきです。一方、高齢者は「寝すぎ」が健康リスクになる場合があります。このように睡眠の課題や悩みは世代で異なりますが、共通するものもあります。それが「不眠恐怖」です。不眠解消のカギは「眠りの成功体験」を積み上げること。ではそのためにはどのような方法があるのでしょうか。

不眠解消のカギは「眠りの成功体験」を積み上げること

 動物にとって睡眠は生理現象であり、当たり前に訪れるもの。赤ちゃんもすやすや眠ります。「眠れない」と悩むのは年を重ねたヒトだけです。なぜ、ヒトは不眠になってしまうのでしょうか。ストレスなどが原因で眠れない経験をくり返すと、脳はベッド(寝室)を「眠れない場所」と学習してしまい、ベッドに向かうと条件反射的に目が冴えるようになります。このような状態を不眠恐怖といいます。

 不眠恐怖を克服するには、「眠れない場所」を「眠れる場所」に上書きすることが肝心です。ベッドに入って15分経っても眠れなかったら、思い切ってベッドから離れましょう。その後、眠気が訪れたらベッドに戻ります。朝は太陽の光を浴びて体内時計をリセットし、寝室の三大環境因子も整えましょう。「眠れた」という成功体験を積み重ねるうちに、「ベッド」=「眠れる場所」になります。

不眠恐怖を克服するには、「眠れない場所」を「眠れる場所」に上書きすることが肝心

■ぐっすり眠るためには心身が安心できる環境づくりが大切

 私たちは視覚、味覚、聴覚、嗅覚、触覚といった感覚(五感)をとおして、たえず外界の情報を受け取っています。感覚から得た情報は基本的に、脳の視床という部位を経由し、最終的に大脳皮質に届けられます。しかし、嗅覚は例外です。鼻腔の天井には「嗅細胞」というにおいをキャッチする細胞があり、嗅細胞がキャッチしたにおいは大脳皮質や、感情を司る大脳辺縁系にダイレクトに伝わります。このことから、嗅覚はもっとも原始的な感覚だと考えられています。

 

 さて、脳にダイレクトに届くということは、それだけ即効性が期待できるということです。就寝前にアロマテラビーなどを試して心身がリラックスできれば、眠りにつきやすく、なおかつ、睡眠の質が上がる可能性があります。安眠効果があるとされる香りは、ラベンダー、ヒノキ、ベルガモット、スイートオレンジなどです。自分が心地よく感じる香りで試してみてはいかがでしょうか。ただし、嗅覚の好みには個人差が大きく、万人に当てはまるわけではありません。不快なにおいは避けましょう。

出典『サクッとわかるビジネス教養 睡眠の新常識』

イラスト 本村誠

睡眠の新常識(サクッとわかる ビジネス教養)


櫻井武 監修(プロフィールは下記参照)
★★シリーズ累計100万部突破!★★
「サクッとわかるビジネス教養」シリーズに「睡眠の新常識」が登場!

日本人は諸外国と比べて睡眠不足です。あるデータでは、およそ10人に1人が不眠症に悩んでいます。とくにビジネスパーソンは自覚のない睡眠不足から不眠症へと発展することもしばしば。そんな時代を受けてか、快適な寝具、サプリメントや睡眠のアプリなど睡眠にまつわるビジネスが急成長しています。その市場規模は2024年に約6兆円、2030年には14兆円超になると推測されています。
そもそも睡眠は、体の休養だけでなく、脳の再構築や免疫の調整などに必要なもので、睡眠不足は健康にも仕事のパフォーマンス、ひいては国の経済力にも悪影響を及ぼします。日本人一人ひとりが適正な睡眠時間をとるよう心がければ、数十兆円規模の経済損失を防げる可能性があります。

また、睡眠負債(=寝不足)を解消するためには眠ることでしか返済できません。大切なのは平日の睡眠負債を少しでも減らすことです。つまり、いつもより30分早く寝ることが大切なのです。

本書の監修には令和7年度科学技術賞を受賞した、筑波大学 国際統合睡眠医科学研究機構(WPI-IIIS) 副機構長の櫻井武氏が初監修。
本書は今までの睡眠の常識が間違いだった「睡眠のシン常識」をイラストで解説します。

Chapter 1 睡眠のシン常識
Chapter 2 あなたの知らない睡眠の世界
Chapter 3 明日から使える快眠のヒント
Chapter 4 ビジネスパーソンのための睡眠ハック
購入はこちら
櫻井武(サクライタケシ)
筑波大学医学医療系教授、国際統合睡眠医科学研究機構副機構長。医学博士。研究テーマは「神経ペプチドの生理的役割」、とくに「覚醒や情動に関わる機能の解明」「新規生理活性ペプチドの検索」「睡眠・覚醒制御システムの機能的・構造的解明」。筑波大学大学院在学中に、血管収縮因子エンドセリンの受容体を単離。テキサス大学サウスウエスタンメディカルセンターに移り、柳沢正史教授とともにナルコレプシーの発症にかかわるオレキシンを発見。冬眠様状態を誘導するQニューロンを発見、マウスやラットに人工冬眠様状態を惹起することに成功。睡眠研究の第一人者。著書に『「こころ」はいかにして生まれるのか 最新脳科学で解き明かす「情動」』『睡眠の科学 なぜ眠るのか なぜ目覚めるのか 改訂新版』『SF脳とリアル脳 どこまで可能か、なぜ不可能なのか』(以上、ブルーバックス)など。
新着記事