
7月場所(名古屋場所)の開催が近づく中、力士の地位を示す「番付」にも関心が集まります。
番付には横綱から序ノ口まで10段階の地位があり、十両以上は「関取」として月給や報奨金が支給されます。一方、幕下以下は待遇や収入に大きな差があり、同じ力士でも“別世界”ともいえる違いがあります。
そんな大相撲の番付や力士たちの収入について、『イラストでわかる大相撲』(新星出版社)から一部抜粋・編集して紹介します。
通常、本場所の13日前に新番付が発表される。番付には10段階の地位があり、降格がないのは横綱のみ。十両から関取となり一人前の力士と認められ、十両より上の前頭、小結、関脇、大関、横綱の総称が幕内。前頭(別名「平幕」)以下はそれぞれの地位の中でさらに順列があり、「~枚目」と表される。なお、番付は東と西があり、同じ地位なら東が半枚上の位となる。
番付の三役とされるのが、小結、関脇、大関。かつては大関が最高位だった。江戸時代のある時期に興行を盛り上げる一環として横綱が登場し、のちに大関より上の最高位として番付に書かれるようになった。記録にある初の横綱は1789年の第4代横綱・谷風梶之助と第5代横綱・小野川喜三郎である。初代~第3代まではあとから設定された人物といわれている。
【幕内(横綱~前頭)定員42人】
■横綱…江戸時代、特別なイベントで選ばれた人気力士が土俵入りの際に締めた純白の綱が由来。明治時代、最高位の名称に。
■大関…関取の中の第一人者という意味。関取は、室町時代、勝ち抜きの取組で最後まで残ることを「関を取る」といったことが由来との説も。
■関脇…「大関の脇をつとめる者」が由来。
■小結…物事の始まりを表す意味の言葉「小口の結び」が由来だとするのが有力。
■前頭…前相撲の頭という意味。かつては幕内と前相撲しかなく、三役を除くすべての力士が前頭だった。「幕内」は、上位力士が幕の中に控えていたことが由来という説も。
【十両~】
■十両(定員28人)…江戸時代に幕下上位が年俸で10両をもらえたことが由来との説も。
■幕下(定員120人)…「十両」のなかった時代、幕内のすぐ下の階級にあったことが由来。
■三段目(定員200人)…番付表の上から3段目に四股名が書かれることに由来している。
■序二段(定員なし)…番付表の下から2段目に四股名が書かれる。上から数えて「四段目」と呼ばれていたこともある。
■序ノ口(定員なし)…物事が始まったばかりという意味の「序の口」は、ここからきている。
【1957年から月給制の導入。幕下以下の力士は手当のみ】
かつては「歩合金」といい、本場所の収入を一定の割合で分配する制度だった。不安定な収入であることなどから、1957年5月から月給制度が導入。十両以上の力士は日本相撲協会から番付に応じた月給を受け取る。「力士報奨金」という制度による収入もある。
以前は「持給金」といった制度で、入門時に3円から始まり、本場所の成績などによって増額していき、本場所ごとにそのときの額の4,000倍が支払われた。ただし、対象は十両以上の関取の幕下以下の力士には支払われない。
また、地位ごとに最低標準額があり、昇進したときにその金額に達していない場合は引き上げられる。ほかに懸賞金や手当などもある。幕下以下の力士は月給がなく、本場所ごとに場所手当が支払われる。衣食住は相撲部屋から提供されている。
横綱の推定年収は、基本給(3,600万円)+報奨金(360万円)+懸賞金(3万円×本数)+優勝賞金(1回1,000万円×優勝回数)+各種手当=1億円以上にもなるのでは? と思われる。
【親方の収入と部屋の運営】
日本相撲協会の年寄名跡を襲名したのが親方である。よって協会から親方に給与が支払われる。額は階級などによって変わる。また、協会から相撲部屋に「力士養育費」「相撲部屋維持費」「稽古場維持費」が支給され、相撲部屋は後援会の支援も受けて運営されている。
出典『イラストでわかる 大相撲』
イラスト 福家聡子

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