2024.04.27
スペシャルインタビュー “プロへの道”
File No.21

「こうするだけでもっとおいしくなるよ」 長年のスープづくりでの “気づき”や、小さな工夫を伝え続ける――
スープ作家 有賀薫さん

🔹有賀薫(アリガカオル)
スープ作家・料理家。
家族の朝食にスープを作りはじめたのをきっかけに、10年間毎朝作り続けたスープのレシピをSNSで発信。
シンプルなのに味わい深いスープレシピが人気を集め、雑誌やテレビ、ラジオなどで活躍。作る人と食べる人が共に幸せになる食卓を提案している。
著書に料理レシピ本大賞に入賞した『帰り遅いけどこんなスープなら作れそう』(文響社)、『朝10分でできるスープ弁当』(マガジンハウス)のほか、『有賀薫のベジ食べる!』(文藝春秋)などがある。

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 スープ作家として大活躍されている有賀薫さんの著書『有賀薫 私のおいしい味噌汁』には、日ごろ作っている味噌汁のバリエーションが広がる、ちょっとしたアイデアがふんだんに盛り込まれています。基本の味噌汁に加え、意外な食材を使った変わり種のレシピもあり、パラパラと紙面を見ているだけで有賀さんの世界にぐっと引き込まれていきます。

 今回は、有賀さんがスープ作家として名を馳せるまでのお話や、日々大切にしているスープづくりへの思い、そしてこれからチャレンジしたいことについてもお話しいただきました。

――まずは有賀さんがスープ作家として活躍されるようになったきっかけをお話しいただけますか?

 これまでもいろいろなところでお話ししてきたことになりますが、私がスープ作家になったのは、50歳を過ぎてからでした。それまでは、料理に関わる仕事をしていたわけではなく、主婦業の傍ら、無名のライターとして、おもに暮らしまわりのことを執筆していました。

 

 スープづくりを始めたのは、2011年の終わりごろです。当時、息子が大学受験を控えていたのですが、朝起きるのがとっても苦手だったので、体調管理をかねて何かできることがあれば……、と始めました。体が温まるし、野菜もたっぷり摂れるスープづくりはとても楽しくて、朝の習慣になりました。ただ作るだけでは物足りず、毎日写真に収めては、SNSにアップしたりしているうちに、365枚もの写真が手元に集まりました。この写真がきっかけで、今のスープ作家としての道へとつながっていきました。

――スープの写真がきっかけとは、どんな経緯があったのですか?

 私は絵を描くのが好きで、これまでに展覧会を開いたことがあったので、それをヒントにして、365日分の「スープカレンダー展」を開催したんです。展覧会には友人だけでなく通りすがりの人も観に来てくださり、スープの写真を見ながら「これが好き!」などいろいろな声を聞かせてくださったのがとっても嬉しくて、料理の力ってすごいなあと思いました。その様子が地域の新聞記事として紹介されただけでなく、ヤフーニュースでも公開されたことで、大きな反響を呼びました。

2013年に神楽坂のギャラリーで、「スープカレンダー展」を開催した
絵を描くのも趣味のひとつ

 そんな折、お友達から「これを機にスープの本を作ったらいいのに」と言われたことがきっかけで、「これまで作り続けてきたスープを何らかの形で1冊にまとめたい」、という気持ちが湧き上がり、出版社へ企画書を持ち込むことにしました。スープを作り始めて2年くらい経った頃のことです。

 

 いくつもの出版社に足を運んでは企画書を見せましたが、当時はSNSのフォロワーといってもそれほど多くなく、料理家としての経歴もなかったので、「スープ本、とても面白いね」とは言われても、企画が通るところまでにはなかなか至りませんでした。

 

「どうすれば企画が通るのだろう……」

そのためには、もっと料理での経験を積む必要があるし、自分の活動を周囲の方々に知ってもらうことも必要だ――。そう思った私は、「スープラボ」と名付けたイベントを毎月1回、定期的に開催することを思い立ちました。ラボでは、たとえば今月は「和のだしについて」とか、「コンソメをつくろう!」といった感じでテーマを決めて発表していくスタイルを取り、その内容をレポートにまとめて、“note”というSNS媒体に上げていくことにしました。人に教えることが一番の勉強になりますからね。料理研究家の方や出版業界の方も招いたりしながら、1年半くらい続けました。今でもその内容は“note”に残っています。

 

 このように、とにかく諦めずに動き続けていたところ、ついにある出版社から本を出せることになりました。このときは本当に嬉しかったです。

2016年に初めての著書『365日のめざましスープ』(SBクリエイティブ 刊)を出版した

 さらに、この本の出版と同じくらいのタイミングで、もうひとつ大きな出来事が起きました。先ほどお話しした“note”で、コンテストが開催されると知り、応募してみたら入賞することができ、副賞として“note”の姉妹媒体である“cakes”(現在は終了しています)での連載が決まったのです。そのおかげで知名度が少しずつ上がり、2018年に2冊目のレシピ本を出版することができました。このとき作ったのは、ものすごく忙しいけれど手作りしたい人のために作った「おかずになるスープの本」なのですが、この年に開催された料理レシピ本大賞で入賞することができ、これを機に仕事がどんどん来るようになりました。

 

 スープ作家としてスタートしてからこれまでの間、ラッキーなことがいくつも重なりましたが、周囲の方からの応援があったからこそできたことだと思っています。

――日々楽しんでいたスープづくりが一気にお仕事に結びついたのですね! どの本を見てもとてもおいしそうで、作ってみたいものばかりです。スープ作家として大活躍中の有賀さんですが、有賀さんにとってお料理とはどのような存在なのでしょうか。

 料理は子どものころから好きで、小学生のころから母の手伝いをしていましたから、結婚した時にはだいたいのものは作れました。外食も嫌いではありませんが、作ることそのものが楽しいです。

 

 とはいえ、主婦の仕事として毎日やるとなると、ただ楽しいだけではありません。毎日休みなく家族のためにごはんを作るのは、仕事のような大変さがあります。だからこそ、難しく考えすぎないようにしたいですね。「今日は糖質がちょっと多いけど、まあいいか」とか、「今日はしっかり野菜を摂ろう!」とか、そんな感じでいいと思うんです。今は情報量が多すぎるので、味噌汁のだしをとるのも「ここまでやらないといけないの?」と考えがちになりますが、そんなことはないと思います。時間がなければ、顆粒だしだっていいんです。できるだけ無理をせずに続けていけるとよいのではないでしょうか。

――たしかに、有賀さんのレシピ本は、「これなら作れそう!」と思えるものばかりですね。有賀さんは、子どものころから料理が好きだったとのことですが、参考にされた料理書や、好きな料理研究家はいらっしゃいますか?

 私が結婚した時に買った料理書に、『家庭料理の基本とコツ』があります。これは土井善晴さんのお父様で、昭和を代表する料理研究家の土井勝さんの本なのですが、食材の使い方や魚の下ごしらえの方法、すし飯の配合など料理の基本的な知識が網羅されていて、使い込みました。また、その後は土井善晴さんのレシピ本にバトンタッチしました。これも長く愛用した本です。

結婚時に購入し、日々の料理づくりで大活躍した『家庭料理の基本とコツ』(土井勝 著/講談社 刊)と『日本の家庭料理独習書』(土井善晴 著/高橋書店 刊)

 また、料理家として尊敬しているのは辰巳芳子さんです。辰巳さんの料理は本当に美しくてまるでグラビア写真を見るように眺めるだけでも楽しいのですが、実際レシピ通りに作ってみると、料理を論理的に考えられていることがじつによくわかります。

 

 なかでも『辰巳芳子の展開料理』はそのタイトルの通り、料理のベースとなる食材や、だしなどの基本から展開されるやり方が示されていて、とても勉強になりました。たとえばソースやだしの作り方、豆の下ごしらえの方法といった知識の解説がまずあって、そこからさまざまな料理にどう使いまわすかを覚えるという流れになっているので、料理を構造的に捉えることができます。

有賀さんのバイブル、『辰巳芳子の展開料理』(辰巳芳子 著/ソニー・ミュージックソリューションズ 刊)

 また、辰巳さんの代表作『あなたのために いのちを支えるスープ』は、スープを体系立てて考えることができる名著です。レシピにとどまらず「食べることは生きること」という強いメッセージが貫かれた文章も素晴らしく、「料理の哲学者」と呼ばれている辰巳さんの考えを体現したような本だと思います。

『あなたのために いのちを支えるスープ』(辰巳芳子 著/文化出版局 刊)

 辰巳さんのレシピは実にきめ細かくて、おでんの具を1つずつ煮込むというようなものだったりします。作ってみるとものすごくおいしくできるのですが、今のように人々が忙しい時代ではなかなかそこまでは手がまわらないということもあります。

 

 とはいえ辰巳さんの論理性は現代にも通ずるものなので、私は自分が料理書を通じて学んだやり方をもう少し現代的なレシピに落とし、毎日のごはんづくりが大変だという人にも「基本のものを展開させていけばラクにおいしく食べられるよ」という提案をしています。「手作りの食事が人の暮らしや命を作る」という辰巳さんのメッセージを、なんとかつないでいけたらと思っています。

――今回出版した『私のおいしい味噌汁』でも、いつもの味噌汁を変化させていくワザがいろいろ入っていますね。

 本書で紹介したワザのひとつに、“豆腐の赤ちゃん切り”があります。材料はいつもと同じ豆腐と味噌でも、豆腐を小さく切るだけで、見た目も食感もガラッと大きく変わるんです。私が表現したいのは、「これをやりましょう」と自分流の方法を教えることよりも、「こうすると美味しくできるので、あなた流のお味噌汁を作ってくださいね」という提案の部分です。日々の料理で得られたこのようなちょっとした“気づき”を、この本の中にもたくさん詰め込みました。

 昔は料理家がレシピそのものを教えていましたが、今はインターネットで探せばレシピはいくらでも出てきます。だからこそ、「こんなふうにして食べたらいいのでは?」とか、「なぜ料理をするのか?」というような、料理そのものに対する考え方を伝えていく時代になったのではないかと感じています。

 

 なので、レシピ本を作るにあたり、手に取ってくださった方に「これ、作ってみたい!」というような気持ちの高揚感を抱いてもらえる本にはしたいですが、私にとってそれは絶対のものではありません。「ねぎ、豆腐、油揚げの味噌汁ができれば、そこから展開されていくもの」という流れを分かってもらえるとよいのでは、と思っています。

――これまで数多くの料理書を世に出してきた有賀さんですが、これからどんなことをやっていきたいですか?

 料理書というと、一般的にはお料理の写真があって、材料、レシピという作りになりますが、これから先は、「料理」という枠の中に留まることなく進んでいきたいです。

 

 たとえば私はいま、ある映画のサイトで映画のコラムを書きながら、そこからインスピレーションを受けたスープを紹介したり、YouTubeチャンネルで日本中あちこち旅をしながら出会ったスープを紹介したりと、さまざまな角度から料理を紹介しています。こんなふうに「映画×料理」や「旅×料理」といった形で料理をほかのいろいろなものと結びつけながら、料理への導線をさらに増やしていきたいです。

 

 これからやってみたいことはとてもたくさんありすぎて、体が一つでは足りませんが、私なりの表現の方法で、これからも頑張っていきたいと思います。

📝有賀薫語録

🔹今は情報量が多すぎるので、味噌汁のだしをとるのも『ここまでやらないといけないの?』と考えがちになるが、そんなことはないと思う。時間がなければ、顆粒だしだっていい。できるだけ無理をせずに続けていけるとよいのでは。

 

🔹私が料理家として尊敬している辰巳芳子さんの論理性は現代にも通ずるものである。私は、自分が料理本を通じて学んだやり方をもう少し現代的なレシピに落とし、毎日のごはんづくりが大変だという人にも『基本のものを展開させていけばラクにおいしく食べられるよ』という提案をしている。『手作りの食事が人の暮らしや命を作る』という辰巳さんのメッセージを、なんとかつないでいけたらと思っている。

 

🔹私が表現したいのは、「これをやりましょう」と自分流の方法を教えることよりも、「こうすると美味しくできるので、あなた流のお味噌汁を作ってくださいね」という提案の部分である。

 

🔹昔は料理家がレシピそのものを教えていたが、今はインターネットで探せばレシピはいくらでも出てくる。だからこそ、「こんなふうにして食べたらいいのでは?」とか、「なぜ料理をするのか?」というような、料理そのものに対する考え方を伝えていく時代になったのではないかと感じている。よって、レシピ本を作るにあたり、手に取ってくださった方に「これ、作ってみたい!」というような気持ちの高揚感を抱いてもらえる本にはしたいが、私にとってそれは絶対のものではない。「ねぎ、豆腐、油揚げの味噌汁ができれば、そこから展開されていくもの」という流れを分かってもらえるとよいのでは、と思っている。

取材・文 向山邦余

写真撮影 熊田徹也

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