
パン屋やカフェ、ラーメン店など様々な飲食店のほか、アパレルショップや食料品店など小売業を開店する際に最も重要になることが物件選びです。
駅の近くでなければお客様が集まらないケースもある一方で、店舗の広さを優先したほうがよいこともあります。事業の形態や提供する商品などによって様々な選択肢がありますが、店舗を構えるにあたり、具体的にどんな点をチェックしたらよいのでしょうか?
税理士として開業支援に従事する宇田川敏正さん監修の書籍『図解わかる 個人事業の始め方』(新星出版社刊)より、物件選びの基本や注意点、開店までの手続きなどを紹介します。
店舗に合った場所は、事業の形態や提供する商品などによって大きく異なります。まずは事業のコンセプトを明確にして、必要に応じてブランディングを行ってから物件探しに取りかかりましょう。
また、自分が希望する条件を整理しておくのも物件探しのポイントの一つです。整理しておきたい項目は「賃借料」「場所(最寄駅・徒歩時間)」「面積」「階数」という4つです。それぞれについて、自分の希望を明確にしておきましょう。
なかでもとくに注意したいのが場所です。駅近ならば人は集まりますが、賃料も上がります。利益計画とあわせて考えましょう。階数も大事なポイントです。同じ建物でも路面店(※1)とそうでない物件では集客力や賃料が大きく異なるからです。2階以上の店舗を空中店舗(あるいは階上店舗)と呼びますが、階数が上がるごとに集客は難しくなります。ただし、美容院や塾のように予約や入会の手続きがある事業は、階数にあまり左右されない傾向があります。
(※1)路面店:通りに面している店舗のこと。通りを行き交う人からの視認性が高いため、集客力があり、賃料も高くなります。
物件探しの方法は、インターネットで検索して希望する地域の物件の質などのだいたいのイメージをつかんでから、不動産業者を利用するケースが主流です。不動産仲介業者を利用する場合は複数の業者に依頼しましょう。そうすることによって、より多くの情報が得られ、希望に合った物件を見つけられる可能性が高くなります。
候補の物件が見つかったら、実際に足を運んで下見をするのは必須です。その物件の近くを通る人の様子をはじめ、駅からの人の流れもチェックします。曜日や時間帯によって、人の流れは大きく変わります。物件は一度決めたら簡単には変えられません。さまざまな時間帯に足を運び、客層を見極めましょう。
また、店舗営業は物件を借りればすぐに開業できるわけではありません。それまでに内装を整えるなどの準備が必要で、そのための費用もかかるので、その費用も考慮しなくてはいけません。物件は、いろいろな可能性を考慮して、広い視野で探すようにしましょう。
■物件探しの基本項目
①賃借料
②場所(最寄駅・徒歩時間)
③面積
④階数
■物件探しで注意したい点
営業に関して禁止事項が設けられていて、深夜営業などが制限されていることもあるので事前に確認する
■物件探しで意識したい項目
□人通りの多さ
□ターゲット客層の多さ(曜日・時間別)
□周辺の環境
□駐車スペース
□水回り
□電話や電気の配線
□換気設備
□冷暖房設備
□トイレの衛生状態
□防犯セキュリティ
□避難経路など
■オープンするには賃料以外の費用もかかる
店舗営業は物件を借りて、すぐにオープンできるわけではなく、それまでに事業に応じた準備が必要です。期間や労力もさることながら、とくに意識したいのが、オープンするための費用です。
たとえば飲食業の店舗なら、物件を契約するのに必要な費用、内装や外装を整えるための費用、ガスコンロや冷蔵庫、シンクなどの調理器具をそろえるための費用、テーブルや食器などをそろえるための費用が必要になります。
具体的な金額は提供する商品の内容やそろえる器具の質や量などによって大きく異なるので一概にはいえませんが、およその目安としては小規模のカフェ(10年)で650~700万円くらいとなります。
なお、物件取得費について、そこに含まれる保証金や仲介手数料などは物件ごとに設定されているので、不動産契約を結ぶ前に確認するのが基本です。また、厨房の設備工事や配線工事、内装・外装の工事をする場合は、退去時の原状回復義務を不動産仲介業者に確認しておきましょう。
■「居抜き」を利用すると開業にかかる費用を抑えられる
店舗をオープンするための初期費用は大きな負担となりますが、それを軽減するための工夫もあります。
その代表的なものが「居抜き」です。居抜きとは、閉店した店舗の設備がそのままの状態で売買(賃貸)されている物件(または、そのような物件を利用すること)です。居抜きの物件を借りる場合は、前の借主がどのような商売をしていたのかを確認し、撤退の理由もチェックしましょう。
また、以前はラーメン屋であった店舗をカフェにするなど、居抜きの物件を改修する方法もあります。このような改修は「リノベーション」(※3)と呼ばれています。
(※3)リノベーション:建物を用途に応じて改修すること。なお、一般的には、汚れてしまった建物を新築の状態に近づけるための改修は「リフォーム」といいます。
なお、外装の工事やリノベーションのように大きな金額となるものには、「相見積もり」をとることがポイントです(相見積もりとは、複数の会社に工事の見積もりを一斉にお願いすることです)。大きな買い物ですから、万全を期すのに越したことはありません。
■物件を取得するために必要な費用
【保証金】住宅の敷金と同じようなもので、契約のときに賃借料の数か月分を貸主に支払う。退去時の原状回復のための費用に当てられるので、差額があれば戻ってくるケースもある。金額の目安は3~10か月分程度。
【仲介手数料】物件を仲介してくれた不動産屋に支払う。金額の目安は賃借料の1か月分程度。
【権利金】店舗営業をするための権利料として貸主に支払う。事務所を借りる場合は、住宅と同じように礼金(戻ってこないお金)として支払う場合もある。金額の目安は賃借料の3~10か月分程度。
【賃借料(家賃)】毎月の賃借料は、前月に前払いするのが原則。契約した際には翌月分の賃貸料を支払う。金額の目安は賃借料の1か月分程度。
【その他】マンションやビルの一室を借りる場合は、賃借料とは別に共益費(管理費)がかかることもある。金額の目安は賃貸料の5~10%程度のことが多い。
■移動販売で必要経費を抑え、大きな利益を上げる
【大きな利益を上げられる可能性がある移動販売】
できるだけ少ない初期費用で飲食業をスタートしたいのであれば、どこかに店舗をかまえるのではなく、自動車を利用した「移動販売」で展開するという選択肢もあります。
移動販売の開業資金は300~500万円が相場で、店舗型の半分程度の資金で開業することができます。
また、販売場所については、一等地に店舗をかまえるのはなかなか難しいものですが、移動販売なら、それも可能です。より売上を伸ばしやすい場所に移動したり、時間帯や曜日、季節によって出店所を変えられるのも移動販売の大きなメリットです。人が多く集まるイベントの近くに簡単に移動できるので、大きな利益を上げる可能性もあります。
■移動販売車は8ナンバーの交付を受ける
移動販売に使用する自動車は、「食品営業自動車」と「食品移動自動車」の2種類です。食品営業自動車はクレープやたこ焼き、焼き鳥などの料理を自動車内で調理して販売する自動車で、食品移動自動車はパン屋のように車内で行うのは販売のみで調理は行わない自動車です。
いずれにせよ、移動販売に使用するには特定の構造要件を満たした上で、8ナンバー(※2)の交付を受ける必要があります。構造要件を満たす車は自分で作ることもできますが、手間や安全性を考えると専門の業者に依頼したほうが安心です。費用を抑えたいのであれば、移動販売車として使用していた中古車を購入するとよいでしょう。
(※2)8ナンバー:移動販売車は特殊用途自動車扱いになるので、ナンバープレートに記載される分類番号が8で始まる「8ナンバー」の登録が必要です。
また、移動販売を行うには「食品衛生責任者」を置くことに加えて、その自動車について、保健所の営業許可が必要になることがあります。たとえば、都内で営業をする場合は、管轄の保健所に事前相談をし、営業許可書の交付を受けなければなりません(市区町村や都道府県をまたがって営業するケースでは、営業範囲をカバーするすべての保健所で営業許可を取得する必要があります)。仕込み場所については、保健所の営業許可が別に必要になる場合もあるので、その点についても確認しておきましょう。
なお、出店する場所を確保する際も、手続きが必要になります。たとえば、イベント会場や駐車場を確保する際も、手続きが必要になります。たとえば、イベント会場や駐車場などの私有地の場合は、土地の所有者と交渉。道路上で営業する場合は管轄の警察署長から道路使用許可を取得。公園内で営業する場合は公園を管理する団体や国土交通省などに申請をします。
■移動販売に必要な資格や許可
【食品衛生責任者】営業許可を受ける施設(車両)一つにつき一人の食品衛生責任者
【営業許可】提供する商品に応じて、「喫茶店営業」「飲食店営業」「菓子製造業」「乳類販売業」「食肉販売業」「魚介類販売業」「食料品等販売業」のいずれかを取得する必要がある(東京都の場合)
【道路使用許可】道路上で販売を行う場合、警察署から道路使用許可を取得する必要がある
【国土交通省の許可】公園内で営業する場合、公園を管理する団体や国土交通省に認可申請を行う
移動販売を始めるには次のような手順になります(手順は一例で、前後することもあります)。
①事業計画を立てる(いつどこで何をどのような方法で販売するのかを決め、開業資金についても計算しておく。販売場所についてはとくに入念な調査をする)
②車両の改造計画を考えて保健所に相談する(相談なく改造すると要件を満たせずに改造後にNGとなる可能性がある)
③食品衛生責任者の資格をとる
④車両を改装して車検の登録内容を変更する
⑤営業許可を申請する(申請後、検査が入る)
⑥必要に応じて道路使用許可などの許可をとる
⑦営業をスタートする
ここまで、店舗を構えるにあたってチェックすべき内容をまとめて解説しました。物件を借りる際には、契約を決める前にしっかりと広さを確認し、納得のいく物件を取得しましょう。
出典 『図解わかる 個人事業の始め方』
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大学卒業後、大手ゼネコン(総合建設業)に入社し、建築・土木の各工事現場の工事事務全般(経理・労務等)を担当。
平成13年、税理士として独立開業。クライアントは、個人事業者から上場企業まで多岐に渡り、誰にでもわかりやすく、納得のいく税務・会計指導を行っている。具体的には、クライアントに対して、適正な月次決算体制の構築を行い、①経営計画の策定支援(PLAN)、②計画に沿った経営活動(DO)、③月次巡回監査による検証(CHECK)、④決算対策などの対策(ACTION)のPDCA サイクルの定着を支援していくことで、企業の永続的発展を目指して活動を行っている。
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