日本のスペシャルティコーヒー文化を牽引してきた業界のパイオニアである堀口俊英氏。近年は、還暦を超えてから東京農業大学で博士号を取得し、科学的手法によってコーヒーの香味や成分を研究。「理論」と「実践」を往復しながら、今もなおコーヒーの本質を探究し続けている。
『珈琲哲学と科学』(堀口俊英/新星出版社)は、そんな堀口氏の近年の活動の集大成といえる内容だ。
タイトルは一見すると突拍子もないものに感じるが、「哲学はコーヒーに対する価値観や美学を探求するもの」「科学は風味の本質を明らかにするための手段」という説明は、読み進めると深く納得できる。本書は、コーヒーの美味しさや文化を、「哲学」と「科学」の両輪によって解き明かしていく1冊なのだ。
そして「理論」と「実践」、「哲学」と「科学」のように、物事の両面を大切にする堀口氏の姿勢は、彼自身の生き方であると同時に、スペシャルティコーヒー文化の真骨頂でもある。
スペシャルティコーヒーの世界は、単に味を競い合うものではない。堀口氏はその発展の核心を、「生豆の品質追求」と「サステナブル(持続可能な)コーヒー」という2つの理念が車の両輪のように進化してきたことにあると書く。
品質を高めるための探求と、持続可能な社会を実現するための倫理的実践。どちらか一方ではなく、両方を同時に動かしていくことが、コーヒーという文化を豊かにしてきたのだ。
その体現者である堀口氏自身も、2003年からNGOとともに東ティモールのフェアトレードの活動に関わってきた人物でもある。また近年は沖縄産コーヒーの発展を後押しする活動にも尽力している。理念だけを語るのではなく、堀口氏は自ら現地に赴き、生産者と向き合いながらコーヒーの未来を作ってきたのだ。
科学的であり、哲学的でもある。
食の研究者であり、サステナブルな社会を目指す実践者でもある。
自身の事業を発展させながら、業界全体のためにも働く。
思索家であり実践家でもある――。
あらゆる物事の両面を併せ持っているところに、堀口俊英という人物の独自性があり、スペシャルティコーヒーの文化の面白さがある。その両面性が、本書を1冊の読み物としても面白くしている。読後には、コーヒーがただの嗜好品ではなく、世界と自分をつなぐ“思考と実践の入口”であることに気づかされるだろう。
文=古澤誠一郎

科学的根拠に裏付けられた革新的な「珈琲哲学」
それは、珈琲を愛するすべての人に向けた、珈琲新時代の幕開けを象徴する、野心的な珈琲の啓蒙書でもある。
⇒栽培から焙煎、抽出まで正解がわかりにくいファジーな世界であるコーヒーを科学的に分析。
⇒おいしさの原点はテロワールとティピカ種にあると提案。発酵臭のないクリーンかつ深煎りの焙煎のコーヒーにこそ、深淵な風味の世界がある。
⇒微生物による発酵系の風味がないクリーンなコーヒーにこそ美味しさがあるし、科学的な側面からも品質に対しても取り組む。
『珈琲哲学と科学』
第1章コーヒー哲学と科学の時代
第2章テロワールと品種が風味の原点
第3章精製プロセスと微生物の関係
第4章スペシャルティコーヒーの風味の変化と新しい官能評価基準
第5章ワインとコーヒーのやわらかな関係
第6章おいしさを科学する
第7章焙煎度の違いとメイラード反応
第8章抽出で自分の好みの風味を作る
第9章気候変動とコーヒー業界の未来
堀口珈琲研究所・代表
㈱堀口珈琲・代表取締役会長
日本スペシャルティコーヒー協会・理事
日本コーヒー文化学会・常任理事
著書
『珈琲の教科書』、『THE STUDY OF COFFEE』、『新しい珈琲の基礎知識』(以上、新星出版社)
『スペシャルティコーヒーの本』『スペシャルティコーヒーのテイスティング』(以上、旭屋出版)『コーヒーのテースティング』(柴田書店)他多数。
堀口珈琲研究所では20年に渡り、各種コーヒーセミナーを開催している。











