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2021.03.04
スペシャルインタビュー ”プロへの道”

File No.7 【堀口珈琲 創業者 堀口俊英先生】
コーヒーのスペシャリストが語る
「本当においしいコーヒーを求めて」

プロフィール
堀口俊英(ほりぐち としひで)
1948年生まれ。1990年、東京・世田谷区に「珈琲工房ホリグチ」を開業(2004年に株式会社化し、2014年に社名を「株式会社堀口珈琲」に変更)。喫茶・小売り・卸売りの3業態を担う。
2019年3月東京農業大学大学院・環境共生学博士課程卒業。現在、抽出、テースティングのセミナーの開催、コンサルティング、コーヒーの官能評価について研究などを行っている。
(株)堀口珈琲会長。SCAL(日本スペシャルティコーヒー協会)理事。日本コーヒー文化学会常任理事。著作は『コーヒーの教科書』など多数。2020年11月に10年ぶりの執筆となる『THE STUDY OF COFFEE』を刊行。

 「常に最高品質のコーヒーを追求し、お客様においしさと喜びをお届けすることで、コーヒーの価値を高め、人々の豊かな暮らしに貢献します」という経営理念のもと、1990年、「珈琲工房ホリグチ」を開業(2004年に株式会社化し、2014年に社名を「株式会社堀口珈琲」に変更)。現在は東京都内に4店舗をもち、厳選された旬のコーヒー豆やコーヒー関連器具を販売するほか、喫茶スペースではドリップコーヒーとともに軽食も提供しています。今回は、堀口先生から見たコーヒーをめぐる世の中の動き、さらに堀口先生の現在の取り組みと今後の目標についてお話しいただきました。 

世田谷店の様子

――堀口先生といえば、言わずと知れたコーヒーのスペシャリストですが、いつごろからコーヒーに関心を持つようになったのか、きっかけがあれば教えてください。

 話は私が大学生のころ(1970年代)に遡ります。そのころは学生運動が行われていた時代でしたが、私が通っていた大学も校舎がバリケードで封鎖され、まともに通えたのは最初の1年間くらいでした。当時、東京では新宿を中心に若者が集まり、喫茶店文化が全盛期を迎えていました。喫茶店にもいろいろな種類がありましたが、歌声喫茶の流行が終わり、ジャズ喫茶などが流行っていたころです。気に入った喫茶店があったので、私もよく足を運んでいました。そこには学生だけでなく多種多様な人々が集まり、行けば誰かしら顔見知りがいましたので、コーヒーを飲みに行く場所というよりも、楽しい交流の場として利用していました。

 そんな喫茶店文化も、1980年代に入ると時代とともに大きな変化がやってきます。ドトールコーヒーなどのチェーン店が急増し、80年代半ばに最多となります。その一方で旧来の喫茶店は年間でおよそ3000店舗も減少。その後、ファミリーレストランや、ファストフード店でもコーヒーが気軽に飲めるようになると、喫茶店の数はさらに減少していきました。

 大学を卒業した後、私はサラリーマン生活を送っていましたが、起業したいという気持ちが高まってきました。そのとき自分の心の中に残っていたのは、学生時代に通った喫茶店の残像でした。喫茶店そのものに関心があったこと、また、喫茶店という空間だけでなく、コーヒーそのものにも関心を持ち、自分でおいしいコーヒーを提供してみたい、と思うようになったこと。そして、やるからには本当においしいコーヒーを追及し、ピラミッドの頂点を目指したい、という気持ちが強くなったこと。こうした気持ちに押され、会社を辞めて1990年に「珈琲工房ホリグチ」を開業しました。世の中は喫茶店の数が減っていく一方でしたので、単に喫茶店を経営するだけではなく、豆の卸売や、そのころ少しずつ増えてきていた自家焙煎珈琲にも目を向け、世に先駆けて家庭向けにコーヒー豆を販売する専門店としてもスタートしました。 

創業当時の堀口先生
世田谷店に設置した焙煎機

――その後、バブル経済が崩壊しましたが、世の中の喫茶店業界にとってどのような影響や変化がありましたか?

 バブルが崩壊してからは皆さんご存知のように不況の時代へと突入し、喫茶店を新規開業する人はほとんどいませんでした。ですが、2000年代に入ると長引く不況から物件に空きが出始め、家賃も下がり、借りる際の保証金が1/3ほどになったこともあって、開業したい人にとっては今までよりも楽にできる時代になりました。そのような背景から、個人で経営するカフェが次々に誕生し始めたのです。食事をする場としての機能も持つカフェは、2000年代前半に大きなブームにもなりました。多くのカフェが開店しては消えていきましたが、今ではカフェそのものが日常生活に溶け込んだ存在となったのは、皆さんの知るところです。

 そののち、企業の参入が多く見られるようになりました。家具や雑貨、アパレルを取り扱う企業の参入が目立ち、スクラップ&ビルドが繰り返されました。2010年ごろになると、アメリカからの影響も受け、エスプレッソの文化が日本にも浸透し始めたことで新たなコーヒーショップのスタイルが出てきました。また、企業間のM&Aが目立つようにもなりました。タリーズコーヒーが伊藤園の子会社となったり、キーコーヒーが銀座ルノアールの株式を追加取得したり。その流れが現在にも続いており、資本力のある企業による店舗の展開が目立つようになっていると思います。

2001年世田谷店 店内の様子
焙煎豆販売の様子。当時は量り売りだった

――時代の流れとともに喫茶店やカフェの文化にも大きな変化が現れたのですね。堀口先生が創業されてからの世の中の動きを知ると、そのうねりがいかに大きなものだったのかを感じます。そのようななか、ずっと経営されてきた堀口先生ですが、堀口先生にとって「本当においしいコーヒー」の追求はどのようにされてきたのでしょうか。 

 コーヒーを淹れるには焙煎や抽出などいくつもの工程が必要ですが、突き詰めた先にまずあるのは原材料です。質の良い生豆でなければおいしくないのは明らか。そこで、私自身が海外へ飛び、生豆の原産地へ入るようになりました。2000年代に入ってからのことです。ちょうど日本でカフェブームが起こり始めたころ、私は質の良い生豆を求めて原産地へ足を運んでいたことになります。

 

 コーヒー豆の取引について考えると、世界の経済構造や先進国と途上国との違いなど、さまざまなことが見えてきます。私が海外へ足を運ぶようになったちょうどそのころからアメリカでも生豆に対する評価が高まり、「良い生豆を高く買う」という市場が少しずつ成り立ってきたように思われますが、そこには生産者の生活が直結しており、見逃すことはできません。

 

 たとえば生豆の生産地として知られているコロンビアでは、生産者が家族で家計を切り盛りするような小農家で、そのほとんどが2ha以下の土地で懸命に育てています。生産コストギリギリのところで続けているので、高品質なコーヒー豆を栽培し適正価格で買ってもらう、という仕組みがないと生計を成り立たせることが難しい。資本主義経済の市場では、いかにコストを削って生産物を販売するか、ということが重要視されますし、コーヒー豆の売買は相場で動く先物取引が主なので価格を一定に保つのは難しい問題ですが、質の良いものが、それに見合った価格で取り引きされるのはとても重要なことです。

 

 私は、より多くの人に高品質な原材料を使用したコーヒーを味わってほしいと思っています。質の良いものを求めていけばその中においしさが潜んでいますし、味覚が発達するには良いものを口にする必要がありますから。

 

 また、消費者においしいコーヒーを味わってもらうために、「本当においしいコーヒーとはなにか?」を可視化できれば……と考えています。私の中ではまだまだ奥が深くて答えは見出せませんが、そこを突き詰めていくことが私の仕事だと考えています。

 

  

 

高品質な原材料を使用したコーヒーを味わってほしい

ーー「おいしいコーヒーとはなにか?」を可視化するために、具体的に取り組んでいることはありますか?

 今、取り組んでいることは、コーヒーのおいしさを評価するための「新たな指標づくり」です。

 感覚的なものを評価するということはかなり難しいことなので、今の私にとっての最大の目標としています。

 

 例えばコーヒー豆に含まれるカフェインが、人体にどのような作用をもたらすか? というようなことであれば科学的に証明することができます。その一方で、「コーヒーのおいしさ」という感覚的なものをデータで表すということは至難の業。長年、コーヒーに携わってきた私ですが、知れば知るほど「コーヒーの風味って、そもそもどんなものなの?」というところに舞い戻ってしまいます。そこでつい最近のことになりますが、東京農業大学へ入学し、大学院まで進んでコーヒーの味を化学的に分析し、味との相関関係を研究してきました。

――大学院まで進み、研究を重ねられた結果はいかがでしたか?

 研究を重ねた結果、再認識したのは「コーヒーの風味は、複雑なものだ」ということ。コーヒーは、豆の栽培から精製、輸送、焙煎の方法、そして焙煎豆の粉砕、抽出するといういくつもの工程を経て完成します。また、香りだけでも1000種類以上あると言われており、嗜好品飲料のなかでもっとも複雑なものだと私は思っています。学べば学ぶほど、よりわからなくなりました(苦笑)。

 

 そこまで奥が深いコーヒーですが、その味を評価するには、ある基準が設けられています。その指標はアメリカで開発されたもの。項目のなかに酸味やボディという概念はありますが、「旨味」と「苦味」が含まれていません。「旨味」は日本独自の味覚といわれてきましたが、現在では世界的に「umami」が認識されています。私はそれらが評価項目に入った新たな指標を作りたいと考えています。

 そのためには、旨味を引き出すといわれている成分(アミノ酸)の含有量が、どのくらいコーヒーの味と関連しているのか? などの研究も進めていく必要があります。

――「旨味」は日本人が発見した第5の味覚ともいわれていますね。コーヒーの味に旨味成分が含まれているということまで追及されるのは、コーヒーに精通しているうえに、大学院まで行かれた堀口先生だからこそできることだと感じます。実に大きな課題ですね。

 そうですね。これを明らかにし、新たなコーヒーの評価基準を作るのが今の私にとっての最終目標です。風味を理化学的な数値で表し、目に見えるものにすることはかなりの労力を必要としますが、形にできるよう頑張りたいと思います。

――最後に一言、読者へメッセージをお願いします。

 先ほどお話しましたが、皆さんにおいしいコーヒーを味わっていただくためには、高品質な原材料を使用したコーヒーを味わってほしいと思っています。質のいいものを求めていけばその中においしさが潜んでいますし、コーヒーの味覚が発達するには、良いものを口にする必要があります。また、私の世代では、若いころからコーヒーを好んで飲む人が多かったのですが、今の若い世代ではコーヒー離れが進んでいるように思います。コーヒー以外の飲み物が圧倒的に増えており、飲み慣れない方も多いと思いますが、若い方々にもっとコーヒーを飲んでもらえるような取り組みも何かできればと思っています。

【堀口俊英語録】

◆「コーヒーを知ることは、その時代における世界の経済や社会の構造を知ることにつながる」

 

◆「質のいいものを求めていけばその中においしさが潜んでいる。味覚が発達するには、良いものを口にする必要がある」

 

◆「コーヒーは、香りだけでも1000種類以上。突き詰めていけばいくほど、それが『複雑』なものであることを知る」

 

 

✏️📖10年ぶりの執筆となる『THE STUDY OF COFFEE』は➡️こちらから

(取材・文…向山邦余/写真撮影(堀口先生)…大森聖也/写真提供…堀口珈琲)

この連載の他の目次
堀口俊英(ホリグチトシヒデ)
堀口俊英(ほりぐち としひで)
1948年生まれ。1990年、東京・世田谷区に「珈琲工房ホリグチ」を開業(2004年に株式会社化し、2014年に社名を「株式会社堀口珈琲」に変更)。喫茶・小売り・卸売りの3業態を担う。
2019年3月東京農業大学大学院・環境共生学博士課程卒業。現在、抽出、テースティングのセミナーの開催、コンサルティング、コーヒーの官能評価について研究などを行っている。
(株)堀口珈琲会長。SCAL(日本スペシャルティコーヒー協会)理事。日本コーヒー文化学会常任理事。著作は『コーヒーの教科書』など多数。2020年11月に10年ぶりの執筆となる『THE STUDY OF COFFEE』を刊行。
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