File No.18
【手作り調味料研究家 オザワエイコさん】
「手作り調味料のおいしさを、これからも多くの人に伝えていきたい」
手作り調味料研究家。自家製調味料の仕込み教室「かもしラボ」主宰。編集者。旬の食材を使った自家製調味料や保存食のレシピを伝えるほか、発酵調味料や発酵食品を仕込むことを得意とする。ライフワークは畑仕事と自然観察。著書に『だからつくる調味料』(ブロンズ新社)、『無印良品「発酵ぬかどこ」徹底活用術』(新星出版社)、『まいにち発酵ごはん』(ナツメ社)がある。テレビ、ラジオ、雑誌、webメディア等でも活躍中。
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手軽にできるぬか漬けのアイデアが満載で好評発売中の『無印良品「発酵ぬかどこ」徹底活用術』。今回は、本書の著者であり、手作り調味料家として活躍中のオザワエイコさんに、これまでの道のりについてお話しいただきました。
――『無印良品「発酵ぬかどこ」徹底活用術』には、実に多くの食材の漬け方が載っていますね。この本を作った感想や、おすすめのポイントを教えてください。
無印良品のぬかどこは、買ってきてすぐに使うことができ、しかも味のレベルが高いです。今回、無印良品を含め、市販されているパッケージタイプのぬかどこを数種類購入して比較しましたが、無印良品のぬかどこは昔ながらの味に近く、一番使いやすいと感じました。しかも、冷蔵保存を前提に作られていますので、材料を入れて冷蔵庫に入れるだけ。本当に手間いらずなんです。これまでぬかどこをダメにした経験がある人も、失敗を恐れてやらずにいた人も、誰でも気軽に試すことができますよ。
本書では100種類以上の食材の漬け方やぬか漬けを使ったアレンジレシピを紹介しているほか、ぬかどこの管理方法も解説しています。ズッキーニやパプリカ、イモ、小松菜なども美味しくなりますし、ゆで卵や豆腐といった野菜以外の食材もおすすめです。なかでもイチオシなのが肉や魚。これはぜひ一度試してほしいです。発酵食品は体にとてもいいですし、ぬか漬けづくりは一年中、いつでも始められるので、多くの方にトライしていただきたいですね。
――初心者でも手軽に試すことのできるぬかどこは、じつに画期的ですね。さて、現在は編集者として、そして手作り調味料研究家として活躍されているオザワさんですが、手作り調味料に興味を持つようになったきっかけをお話いただけますか?
手作り調味料を研究する前から携わっている仕事は実用書の編集で、もう20年以上になります。もともと料理は好きなジャンルで、なかでも漬物や味噌といった発酵食品に関心があり、仕事で関わるのも楽しくて。
趣味で長く続けていることのひとつに季節仕事があります。梅、らっきょう、山椒など、その季節になると仕込みをします。カリンなどいろいろな果実をお酒につけたり、加工したり。四季を楽しみながらできるこの仕事は、自分にとって心が休まる癒しのひとときになるので、どんなに疲れていてもその時間は確保しています。
手作り調味料に興味をもつきっかけとなったのは、ある時たまたま手に入れた、味噌づくりのキットを試してみたときのこと。材料の大豆、塩、麹がセットになっていたので試しに作ってみところ、買ってきたものと味が全然違い、美味しくてびっくりしたんです。それ以来、味噌や醤油といった日常的に使う調味料は手作りするようになりました。
――手作り調味料の味は、やはり格別なのですね。趣味が仕事へと発展したのはいつごろからですか?
きっかけは、2011年の東日本大震災です。私はずっと東京で仕事をしていますが、このとき、震災の影響で紙が品薄となり、本づくりの仕事が一時的にストップしまうという、これまでにない出来事が起きました。そのとき、いつ仕事を再開できるかわからない焦りとともに、将来に対する不安が一気に沸き上がってきたんです。「編集の仕事は好きだし、これからも続けていきたいけど、この仕事だけでなく何かできることはないだろうか?」と。
そこで一度立ち止まって考えることにしました。「どうせやるなら好きなことがいい。だけど、料理が好きといっても料理教室は山ほどあるし、料理研究家も大勢いる。自分にできることって何だろう?」と、ビジネススクールに通ったりもしました。
――東日本大震災の影響で紙不足に陥ったことは今もよく覚えています。スーパーマーケットやコンビニエンスストアの食料品が、あっという間に品切れになったりもしましたね。
そうですね。あのとき食料品を買おうと思って行ったスーパーの食品棚がきれいさっぱり空になっているのを見て、唖然としました。それがきっかけとなり、「自分の食を人任せにせず、自分の手でできることは自分でやろう」と思い立ち、日々の野菜を食べられるほどの畑仕事も始めました。
そんな折、友人から「味噌の作り方を教えてほしい」と言われ、そこでピンときて。調味料の分野であれば、これまでいろいろやってきて下地もある。これならビジネスにできるのでは? と、手作り調味料の作り方を教えるビジネスを始めることを思い立ちました。
教えてほしい人が一人でもいればできますし、調味料づくりなら講座で作ったものを持ち帰り、そのまま日々の食卓で使ってもらうことができます。周りを見渡してもそのようなスタイルの教室はなかったので、これなら自分にもできそうだと思い、自分の畑で獲れた野菜と調味料を結び付けて手作り調味料の作り方を教える教室を開くことにしました。現在は、都内のスタジオで教えています。
――そこで好きなことと仕事が結び付いたのですね。教室ではどのような調味料の作り方を教えているのですか?
基本的には、味噌や醤油、トマトケチャップ、マヨネーズ、ラー油、ゆずこしょう、豆板醬などといった日常的に冷蔵庫に入っている調味料の作り方をメインに教えています。
手作り調味料には、食品添加物や保存料、化学調味料などが一切入っていません。いつも食卓にあり、頻繁に口にするものが安全であることはとても大事なことだと思います。調味料があれば、いろいろなアレンジがすぐにできるので、私は時間のあるときに調味料を作り、それを使って日々の食事のしたくを手短に済ませるようにしています。
――これまでに経験したことのない人にとって、お味噌を作るなんて難しそう、というイメージもありますが……。
確かに、これまで味噌づくりをやったことのない人にとっては難しいイメージがあるかもしれませんが、材料は大豆、麹、塩の3つだけ。一度体験すればあとは簡単なんです。仕込んだあとはただ見守るだけ。とてもベーシックな発酵食品で、じつはビギナーに向いているんですよ。
――材料が3種類だけなら、トライしやすいですね。
多くの材料を買う必要がないので、やりやすいと思います。また、こだわろうと思えばいくらでもこだわることができます。
味噌が一般に広まったのは江戸時代といわれています。それまで米は高級品でなかなか手に入らないものでしたから、少ない麹で味噌を作ったりもしていたそうです。今では麹をすぐに手に入れることができますから、たくさん入れておいしさを増すことも容易になりました。麹をたくさん入れると早く熟成するので、通常だと6か月~9か月たたないと食べられないところ、倍量を入れれば1か月後くらいから食べられます。
味噌をはじめとする発酵食品の良い点は、化学調味料に頼らず、麹を使うことで旨みやコクを引き出せることです。高温多湿な日本の気候でも常温で管理しやすいですし、自分で味の調節ができます。自分や家族の味の好みを見つけ、美味しいと感じる味に近づけていく楽しさを感じることができます。
また、今はインターネットで探せば全国各地、どこの食材も手に入れることができるので、豆や麹、塩など、素材にこだわりたい人はとことんこだわれます。本当に便利な世の中になりましたね。
――味噌のイメージは、出身地によって全く違いますよね。オザワさんはどのような味がお好みですか?
味噌は地方によって趣が違いますよね。東北地方の味噌は色が濃くて辛口、長野は信州味噌で知られるように色は白くて熟成期間は短め。京都の白味噌は麹の量がとても多く、甘くて白い。九州は麦みそで知られるように、甘口で色の薄いものが多いですね。私は東京出身なので、辛口の米味噌が好きです。
――教室を始められて8年ほどになるそうですが、ここ数年のコロナ禍などの影響など、何か変化はありましたか?
コロナ禍の影響で、これまで気軽にできた海外旅行ができなくなり、受講者の方から「旅行に行けなくても海外の料理を楽しみたい」という声が上がったんです。このことを機に、これまで教えてきた定番調味料に加え、海外の味を再現することにも力を入れるようになりました。これまではなかなか買えなかった食材がインターネットで気軽に手に入るようになったので、タイ、インド、南米、インドネシアなど、さまざまな国の調味料を研究しながら教えています。
ーーこれまでにない新たな味を追求することで、さらにまたオザワさんの世界も広がっているのですね。
そうですね。教室で、受講者のみなさんに「次は何を作ってみたいですか?」と聞いてみて、そこで上がったリクエストを研究して次の回で教える、ということもしているので、バリエーションが増えますね。
――これからやってみたいことはありますか?
今後はスタジオにとどまらず、ワークショップも開きたいですね。また、調味料を作るだけでなく、たとえば私の作った調味料をプロの料理家の方に使ってもらい、新たなレシピを生み出すなど、拡大していけたら楽しいなと思います。日本各地、それぞれ地元の食材を活かした調味料作りの全国行脚も楽しそうです。いろいろな角度からアプローチして、手作り調味料のおいしさをもっともっと広めていきたいと思っています。
◆「いつも食卓にあり、頻繁に口にするものが安全であることは大事なことだと思う。手作り調味料には食品添加物や保存料、化学調味料などが入っていないので、安心して口にすることができるし、おいしさも違う」
◆「東日本大震災を機に、これまでの仕事に対する考え方だけでなく、食についての考え方も変わった。これまで自分の食を人任せにしない。自分の手でできることは自分でやろうと、日々の野菜を食べられるほどの畑仕事も始めた」
◆「手作り調味料を作ったことのない人にとっては、ハードルが高いイメージがあるかもしれないが、味噌の材料は大豆、麹、塩の3つだけで、仕込んだあとはただ見守るだけ。ビギナー向けなので、みなさんにもぜひ試してほしい」
取材・文 向山邦余