2020.12.10

効果的な「記憶術」とは?
【最新科学が解き明かす「脳」のふしぎVol. 3】

 “もっと記憶力を向上させたい” そう感じたことがある方は多いのではないでしょうか。好きなことだと覚えやすいのは、誰もが経験的に知っていますが、覚えなければいけないことに、興味があるとは限りませんよね。

 

 そこで今回は、最新の知見をふまえ、「効果的な記憶術」について解説していきます。

1つのまとまりで記憶するコンピュータ、シナプスの関係性で覚える脳

 みなさんは、ヒトの脳が情報をどのように記憶していると思いますか?

 

 私たちが日々使っている身近な道具の中で、記憶能力が最も高いのはコンピュータのメモリでしょう。コンピュータは、小さな素子の中にたくさんの情報を覚えることができます。コンピュータの記録装置は、電子回路の入れ物をたくさん用意して情報を記録します。写真や書類といった情報は、コンピュータの中で「ある・なし」というデジタル暗号に変換され、記録されているのです。その情報はどんなに量が多くなっても、基本的にハードディスクなどの、特定の箇所にまとめて保存されています。

 

 多くの人は、脳もコンピュータと同じように、ひとまとまりの情報として、ある場所にさまざまなものを記憶しているイメージを持っているでしょう。しかし、脳の記憶のしかたは、コンピュータとはまったく違います。脳では、たくさんのシナプスに分散されて記憶する「分散コード」という方式が使われています。

 

 コンピュータは、1つ1つの電子回路の入れ物に意味があり、1つ1つの情報を読み上げ、まとめることで、どのような意味かを読み取ります。これに対して脳は、1つ1つのシナプスだけを見ていても意味が読み取れません。いくつものシナプスが同時に活動し、全体的な活動の関係性を読み解くことで意味が出てくるのです。

記憶のしくみ

 効果的な記憶術があるのかといえば、それは、「繰り返し覚えること」だということがわかっています。

 

 記憶にはいくつかの種類がありますが、30秒くらい継続する「短期記憶」と継続時間がそれより長い「長期記憶」の2種類に分けることができます。

 

 記憶力にかかわるのは長期記憶で、海馬が中心となって行われると考えられていますが、詳しいしくみはまだわかっていません。ただ、海馬はたくさんの記憶を整理して、覚えるべきものとそうでないものを区別し、覚えるべきと判断した記憶は大脳皮質に送られ、その記憶は大脳皮質に貯蔵されます。

 

 貯蔵といっても、コンピュータのように専用の細胞で記憶させたデータをフォルダに収めておくわけではありません。記憶は、シナプスが組み合わされて回路を形成し、持続することによってつくられると考えられています。

 

 海馬から送られた記憶の情報は、電気信号として大脳皮質の神経細胞を刺激します。その記憶の刺激が強くなるほど、多くのシナプスが組み合わされて伝達の効率が増し、特定の電気信号が通りやすい特別な回路ができます。その回路が長時間持続することで記憶が保たれるのです。記憶を引き出すときは、その記憶の回路に電気信号が流れると思い出します。

 

 年を重ねると物覚えが悪くなったと感じるのは、加齢によって記憶が増えることで、回路に空きが少なくなり、若い時のように効率の良いシナプスの組み合わせが選べなくなってしまうためだと考えられています。

記憶のカギを握るスパイン

 近年、記憶を定着させることにかかわる神経細胞の構造が明らかになりました。それが神経細胞の樹状突起にある「スパイン」です。スパインとは「棘」の意で、シナプスの情報を受け取る側にできた突起です。

 

 繰り返し学習によって同じ情報を何度もインプットすると、同じスパインに繰り返し情報が伝えられます。すると、特定のスパインが大きくなっていくことがわかってきました。

 

 スパインが大きくなると、信号を効率的に受け取ることができるようになります。また、スパインは、学習機会の有無にかかわらず変動をしていて、小さいスパインのうちは、さまざまな要素で自然消滅しやすくなっています。しかし、繰り返し情報が入り、スパインを大きくすると消滅しにくくなります。

 

 つまり、繰り返し学習してスパインを大きくすることが、記憶が安定化するために必要なことなのです。

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※イラスト・写真/  shutterstock

※本記事は、下記出典をもとに、一部加筆し、再編集したものです。(新星出版社/三井)

この連載の他の目次
脳と心のしくみ
池谷裕二 監修(プロフィールは下記参照)
最新の知見を盛り込み、インパクトのあるビジュアル表現にこだわりながら脳と心の謎に迫ります。
巻頭特集では、2014年にノーベル化学賞を受賞した超解像・蛍光顕微鏡によって、初めて人類が目にすることができた脳神経細胞のクリアな画像や、複雑に絡み合った神経細胞の姿をリアルに可視化した3D神経回路地図「コネクトーム」など、世界最前線といわれる脳画像を掲載。
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監修・取材協力は、東京大学大学院の教授として脳科学研究の第一線で活躍しながら、脳科学の面白さを広く一般にも伝えている池谷裕二先生。誌面では池谷先生のインタビューも収録。
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東京大学大学院薬学系研究科薬品作用学教室 教授。1970年静岡県藤枝市生まれ。研究テーマは「脳の可塑性の探求」(脳自身が作り出す脳の変化について)。特に記憶をつかさどる海馬の神経回路に内在する「可塑性」のメカニズム解明に向け、細胞生物学および生理学的観点からアプローチしている。
『進化しすぎた脳―中高生と語る「大脳生理学」の最前線』(講談社)、『単純な脳、複雑な「私」』(朝日出版社)、『海馬―脳は疲れない』(新潮社)など著書多数。

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