2023年のプロ野球ドラフト会議がいよいよ開催されます。高校球界のスーパースターが、どの球団から指名されるのか? 野球が好きな人はもちろんのこと、「大きくなったらプロ野球選手になりたい!」と夢を描いている子どもや、子どもの成長を見守る親たちにとっても、期待に胸が躍る一大イベントです。
ドラフト会議で選手の指名とともに注目される事柄のひとつに、指名順位による契約金や年俸額があります。億単位の莫大なお金が飛び交う世界で活躍する選手たちのイメージは、マスコミで報じられるように、何億円もする豪邸を建てたり、何百万円もする腕時計を身につけている華やかな世界のスターという印象をもつ人も多いでしょう。
では、プロ野球選手になるまでにどのくらいの費用がかかり、プロ野球選手になった後はどのくらい稼げるものなのか? プロ野球以外の道には、どのような選択肢があるのか? そして現在の高校野球における日米の経済的な差はどのようなところにあるのか? プロ野球を「経済学」という視点でまとめた書籍『サクッとわかる ビジネス教養 野球の経済学』の監修者で、元プロ野球選手の小林至さんは、次のように解説しています。
以下、本書の中から抜粋・再編集してお届けします。
投打の二刀流でメジャーリーグ(MLB)を驚かせた大谷翔平選手や、日本プロ野球(NPB)史上最年少で完全試合を達成した佐々木朗希選手などの活躍を受け、子どもに野球を経験させている親なら一度は「我が子もプロ野球選手に……」と考えたくなるでしょう。
我が子をプロ野球選手にするため、小学生から硬式野球を始めさせたとします。小学6年間は地元のリトルリーグ、中学は地元のリトルシニア、高校は名門私立野球部に入り、晴れて高卒でプロ入りというのが最短ルートでしょうか。
その場合、小学6年間の費用は用具代などを含めて100万円以上。中学に入るとリーグの月謝が一気に倍増し、3年間でも総費用は80万円を超えます。さらに、高校で寮に入る場合は、寮費だけで安くても200万円ほどかかります。
小学~高校までの12年間で野球関連の費用は約500万円に上り、高卒でプロ入りが叶わず大学の野球部に入った場合は、4年間でさらに約200万円(寮費別)が加算されます。500万円でプロ野球選手になれるなら安い気がしますが、実際は送迎や当番など父母にかかる負担が大きく、子どもに一流の野球教育を施せる家庭はごくわずかです。
プロ野球選手が出演するバラエティ番組では、彼らが乗っている高級外車や、身につけている腕時計の値段などを紹介するのが定番で、我々視聴者からすると、その生活は非常に華やかに思えます。実際、プロ野球選手になることができたら、トータルでいくら稼ぐことができるのでしょうか。
2022年度の推定年俸ランキングを見ますと、楽天イーグルスの田中将大選手が9億円、ソフトバンクホークスの柳田悠岐選手が6億2000万。読売ジャイアンツの坂本勇人選手、菅野智之選手が6億円となっています。夢のある金額のようですが、このように何億円と稼ぐ選手はほんのひと握りです。
2022年に日本プロ野球選手会が発表したデータによると、NPB選手(外国人除く)の平均年俸は約4300万円。しかし、この数値は高額年俸を受け取る一部のスター選手によって引き上げられたもので、2軍以下の選手に絞ると、平均年俸は約850万円に下がります。一見華やかに思える球界ですが、選手たちも格差に直面しているのです。
ちなみにドラフト選手の契約金の相場は、1位は1億5000万円(出来高含む)、2位は7500万円、3位は5500万円前後です。ドラフトからすでにかなりの格差が発生していますね。プロ野球で稼ぐということは、常に厳しい競争を勝ち残っていくということなのです。
プロ野球選手が使用する用具は、ユニフォームなど球団から支給されるもの以外、原則として選手個人で用意する必要があります。
しかし、有名選手は用具メーカーとアンバサダー契約を結ぶのが一般的で、予算内であれば好みの特注品も提供してもらえます。契約金の相場は100万円前後で、メーカー側にとっては自社商品の宣伝になるため、お互いにメリットがあるわけです。これに対して、2軍や育成などの無名選手は自腹で用具を買う必要がありますが、大半の選手がメーカーから用具提供を受けています。
余談になりますが、NPBで1試合あたり100球前後が使われる公式球は、基本的に主催側のチームが用意します。一般流通価格でひとつ約2500円と高価です。ボール代だけを計算しても、単純計算で25万円前後のお金がかかることになります。ちなみに一度使われたボールは練習用に回すなど再利用が図られます。
プロ野球選手の収入源は年俸だけではありません。MLBの大谷翔平選手なら、スポンサー契約料だけで24億円以上(2022年時点)の収入があると言われています。NPBでも人気のある選手なら、自分のグッズ売上の何割かがロイヤリティとして入ってきますし、テレビや雑誌などのメディアからオファーを受ければ、相応のギャランティを得られます。ですが、これも一部のスター選手に限った話で、選手間の収入格差を広げる要因にもなっています。
また、NPBとMLBの年俸を比較してみると、NPBは1億円プレーヤーなら一流と呼ばれる世界ですが、それに対してMLBの平均年俸は約5億5600万円と桁違い。日本とアメリカでは市場の規模に大きな差があります。
NPBのドラフトに関するニュースなどを見ていると耳にする「育成選手」というワード。一般的には各球団の支配下登録に含まれず、1軍の公式戦には出場できない選手といったイメージで認識されているかと思いますが、通常のドラフト選手と比べて、金銭面にどういった差があるのでしょうか。
福岡ソフトバンクホークスの甲斐拓也選手など、育成出身の選手からも大スターが生まれている日本球界。しかし、育成選手を取り巻く環境は依然として厳しいと言わざるを得ません。育成ドラフトで入団した選手の場合、通常のドラフト選手と違って契約金はなく、標準300万円の支度金が支払われるだけ。年俸の下限については、2軍選手と比べても200万円の差があります。
実力が認められて支配下登録されれば、最低年俸も上がりますが、そこまでこぎつけたとしても、1軍で通用する選手はごくわずか。3年の契約期限までに芽が出なければ自由契約となり、多くの選手が引退を余儀なくされます。
プロに最も近い場所で野球を続けられるとしても、金銭面の問題や1軍で活躍できる確率の低さを考えれば、育成契約はいばらの道でしょう。
とはいえ、プロを目指して甲子園まで野球を続けてきた選手には、育成契約といえども、チャンスを掴みたい人もいるのではないでしょうか。
高卒や大卒でのプロ入りを逃した野球選手たちの受け皿としての側面を持つ、社会人野球チームや地方の独立リーグ。野球の夢を追い続けたい選手たちにとっては、希望を繋げる選択肢のひとつになりますが、ちゃんと生活していけるのかという現実的な問題もつきまといます。
収入面に注目したとき、社会人野球や独立リーグの選手の実情はどのようになっているのでしょうか?
まず社会人野球ですが、これは企業チームとクラブチームに大別されます。企業チームとは、ひとつの企業が持つ野球部で、選手は企業と雇用契約を結んでいます。経営基盤のしっかりとした大企業のチームなら、それだけ給料も安定し、練習環境も充実しています。正社員契約なら野球部を引退したあともその企業で働き続けることができます。
一方のクラブチームは、別々の企業に勤める人たちが同好会的に結成するもので、近年は人材不足などにより存続自体が難しくなっています。
独立リーグは現状、プロ入り・復帰を目指す選手たちのアピールの場としての役割が主で、選手の給料は月10万円いけばいいほう。給料の出ないオフシーズンはアルバイトでしのぐ選手もいます。ただし、野球に集中できるという点では恵まれており、引退後は地元のスポンサー企業に就職する道なども用意されています。
ここまでは、プロ野球選手としての道と、それに付随する経済格差について解説しましたが、毎年、甲子園で毎年行われる高校野球大会を経済学の観点から見てみます。
高校野球大会は、春12日、夏16日の計28日間で、来場者数が140万人、テレビ中継の視聴者数は延べ5億人超(平均視聴率5%として換算)という大イベントです。これだけの人気を博するコンテンツであれば、売上200億円を超えるスポーツイベントにすることも不可能ではないのですが、実際の売上げは春夏をあわせた入場料収益は約2億7千万円、経常収益は約6億5千万となっています(公益財団法人日本高等学校野球連盟2021年度決算報告書による)。
2020年度はコロナ禍により中止。2019年度は入場料収益が約9億8千万円、経常収益は約11億円。2018年度の入場収益は約11億円、経常収益は約12億5千万円になっており、コロナ禍以前でもまったく200億円には届かない状況です。これはいったいなぜでしょうか。
『日本学生野球憲章』の第1章総則、第2条(学生野球の基本原理)には、「④学生野球は、学生野球、野球部または部員を政治的あるいは商業的に利用しない。」との文言があります。
この精神に則り、甲子園大会においては放映権料を取らず、スポンサー・セールスもせず、入場料も格安で、正当な対価を貰うこともなければ球場使用料を支払うこともないという、極端なまでの清貧が貫かれています。もとは純粋な高校球児たちが悪い大人の金儲けに利用されることを防ぐ意味で定められた条項だと考えられますが、これが現代においては逆に、学生野球全体を活性化させるための経済的発展を妨げる要因のひとつになっています。
表で示したように、ある高校が甲子園に出場した場合の支出費用をシミュレーションした場合、その額はおおまかに4500万円前後。甲子園までの距離が遠く、移動費がかさんだり、大応援団を率いたりする高校は、さらに支出が増えます。
これまで、そうした費用の大部分は卒業生による寄付金や助成金によって賄われてきましたが、もし学生野球がビジネスとして成立するようになれば、選手や学校側に利益を還元することで、野球を続けるための金銭的な負担を軽減することが可能になるのです。
少子化を上回る速度で野球人口が減少している危機的な現状を鑑みれば、プロ野球だけでなく、学生野球においても、そうした閉塞感を打破するための新たな仕組みの構築は喫緊の課題だと言えるでしょう。
日本とは対照的に、アメリカでは20世紀半ばから、NCAA(全米大学スポーツ協会)の主導による大学スポーツのビジネス化が進んでおり、その市場規模の成長には目を見張るものがあります。
日本の甲子園に匹敵する人気を誇る「マーチ・マッドネス」(NCAA男子バスケットボール選手権)を例に挙げると、春休みの21日間、計67試合という日程で約140万人を集客し、トータルで1000億円以上(うち850億円が放映権収入)もの莫大な売上を生み出しています。
先述した甲子園の収益がコロナ禍前で10億円前後ですから、日米で約100倍もの差がついていることになるのです。
甲子園の場合はそもそもビジネスとして大会を開いているわけではないので、これほどの差が生まれるのも当然と言えば当然なのですが、試合を興行として実施し、利益を上げることを前提とするプロの世界を比較した場合にも、日米の差は大きく開いているのです。
こうした流れの中、アメリカでは大学スポーツ選手の給料制導入も検討されており、ゆくゆくは日本でも、高校野球の放映ビジネス化や、球児の給料制といった話題が議論される日が来るかもしれません。
例えば、子どもをプロ野球選手にするにはいくらかかるのか? 選手の年俸ってどう決めるの? 球場の使用料はいくらぐらいなの? などの疑問に答えながら、日本のプロ野球とメジャーリーグにまつわるお金の情報を解説します。
本書は、独自のビジュアル解説が中心になっており、文字中心のテキストを読むのは億劫。
もっと手軽に野球についてビジネス的な側面を知りたい。それも上辺だけの理解ではなく、きちんと会話・説明ができるようになりたい! という方にぴったりの一冊です。
92年、千葉ロッテマリーンズにドラフト8位で入団。史上3人目の東大卒プロ野球選手となる。93年退団。翌94年から7年間、アメリカに在住。その間、コロンビア大学で経営学修士号(MBA)を取得。2002年より江戸川大学助教授(06年から教授)。05年から14年まで福岡ソフトバンクホークス取締役を兼任。パ・リーグの共同事業会社「パシフィックリーグマーケティング」の立ち上げや、球界初となる三軍制の創設、FA・外国人選手の獲得に尽力した。学校法人桜美林学園常務理事、一般社団法人大学スポーツ協会理事。