世の中には多様な製品やサービスがあふれています。たとえば缶ビールひとつとっても、コンビニの棚には多数の商品が並び、どれを買うか悩みます。
このとき「この企業の商品は美味しいから信頼できる」といった「認識」が、顧客が商品を選択する基準になっています。この「認識」こそが「ブランド」の本質です。
では、なぜ企業にとってブランドは重要なのでしょうか。『サクッとわかるビジネス教養 ブランディング』(田中洋 監修/新星出版社 刊)から一部抜粋、再編集してお届けします。
なぜブランドは重要なのでしょうか。いまだにブランドは表面的な「イメージ」をよくするものだ、としか理解していない人もいます。ブランドが重要な理由のひとつは、現代の企業活動において強いブランドを持つことが過去にも増して競争的優位になっているからです。強いブランドを持つことによって、顧客に選択される確率が高まり、ステークホルダー(株主や市民、社員など企業の利害管理者)に対して影響を及ぼす可能性が高まり、競争上の優位性が高まります。
では、企業はどのようなブランド戦略によって市場の中で競争しているのでしょうか。実際に行ってきた戦略を、「無印良品」の例で見てみましょう。
【無印良品の誕生】
スーパーマーケット「西友」のプライベートブランドとして出発した無印良品のコンセプトは、グループの総帥だった堤清二氏によって誕生しました。
「生活者にとって余分な性能や機能を削除して、納得できる価格で発売する」という発想が原点です。東京・青山に実験的に独立店舗を開店すると、1年の販売目標を1か月でクリアする驚異的な人気を見せ、急激に事業が拡大。1989年に株式会社良品計画として独立しました。現在は国内に約600店舗、海外でも約650店舗を展開しています。
【コンセプトを表すキーワード】
創業以来、変わらず掲げられている「自然」などをキーワードとしたコンセプトが無印良品の柱。抽象的でありながらも普遍的なコンセプトがブランドを支えています。自然界を手本とし、無駄をそぎ落とすのが無印良品のスタンス。無駄を省くことは、むしろモノ本来の魅力を輝かせるという発想になっています。「自然と」「無名で」「シンプルに」「地球大」は、無印良品の目指す姿を表すキーワードの一例です。
【電化製品への参入】
2014年にキッチン家電の新たなラインナップを発売。プロダクトデザイナーの深澤直人氏がデザインを監修し、話題になった。無印良品のキッチン家電は、従来品とは一線を画したデザイン性の高さが特徴。冷蔵庫は壁との調和を念頭に置き、フラットなボディにハンドルがついたシンプルさが魅力。自然な見た目で、生活に溶け込むことを重視したデザイン性と機能に「無印良品らしさ」へのこだわりが見られる。
【派生ブランドが多数ある】
2000年代には海外展開などの影響で赤字を出し、業績が悪化しますが、組織の仕組み改善や品質管理の徹底により売り上げが回復。現在では無印良品のブランドコンセプトはそのままに、宿泊業、不動産業など、さまざまな業態を展開しています。
・MUJI BOOKS…書物を「素の言葉」の宝庫と捉え、本のある豊かな暮らしを提案する。
・MUJI HOTEL…調度品を無印良品で揃え、旅先でちょうどよいくつろぎの空間を提供する。
・無印良品キャンプ場…新潟・岐阜・群馬に、自然を自然のままに楽しめるキャンプ場を展開する。
・無印良品の家…商品同様、使い心地がよく、無駄を省いた優良住宅を設計・施工する。
【「アドバイザリーボード」の存在】
なぜ無印良品は長きにわたってコンセプトを維持することができているのでしょう。これには「アドバイザリーボード」が大きな役割を果たしています。
無印良品では、デザイナーやクリエイターたちを集め、商品や各種取り組みにおけるコンセプトに対して、アドバイスを受ける「アドバイザリーボード」を独自に設置。これによって、新しい商品やサービス、その他の取り組みが無印良品のコンセプトに沿っているかをリリース前に検証しています。世間の風潮や社会問題などについても意見が交わされ、事業展開に反映されます。
また、無印良品の商品開発は5つのステップが踏まれます。各種リサーチから得られる顧客ニーズの情報をもとに決定する「商品コンセプト」、開発中の商品コンセプトを検討する「サンプル検討会ファースト」、デザインの方向性を確認する「サンプル検討会セカンド」、実物大模型でより厳しく確認する「サンプル検討会ファイナル」、報道陣や店長に対して商品を公開する「展示会」の5段階です。こうした過程を経て初めて、商品は店舗に並びます。
【陳列方法へのこだわり】
無印良品は陳列方法にもこだわりを持っています。パッケージは極力無駄を排除。簡素さを美しさと捉え、シンプルながらも洗練されたデザインを導入。統一感のある陳列棚も大きな特徴です。
ブランド戦略には一貫性が大切ですが、一貫性とは何を指すかといった定義はありません。どこまでやれば正解といった答えもありません。
例えば、多くの人がマクドナルドと聞けば店内の様子やスタッフの制服、パッケージデザインなどをパッと思い浮かべるように、一貫性があることで認知は容易になります。
ビジネスにおいて、顧客に飽きられないために変化を取り入れることは大切です。しかし、一貫性を意識しないと失敗することも。かつて、コカ・コーラ社は既存のコカ・コーラをなくしてニューコークという新商品を出すと発表しました。すると「コカ・コーラを返せ!」と顧客による反対運動が起きたのです。
そのため既存のコカ・コーラはコカ・コーラ・クラシックとして販売継続しましたが、結局その後、ニューコークはなくなって、従来のコカ・コーラだけが残ることになりました。愛着を抱いている顧客を裏切るようなことは、避けねばなりません。
企業は、工場や設備、オフィスビルや土地などさまざまな資産を持っています。これらは有形資産と呼ばれるもので、企業の価値を構成する要素の1つです。一方、ノウハウや情報、取引関係、特許や商標、従業員の能力など形のない資産は無形資産と呼ばれ、こちらも企業価値に大きく影響します。
SDGs経営などが注目される今、無形資産がより企業にとっての大切な価値であるとの認識が広がっています。
ブランドも無形資産の1つで、これをブランド・エクイティと呼びます。ブランド・エクイティは社員ではなく、顧客の心の中に存在してます。顧客のブランドに対する想いや記憶が無形資産となるため、一度形成されると簡単にはなくならず長く保持されます。このような資産は類を見ず、大変希少です。だからこそ企業は、長く顧客の心に留まって消費行動につなげ続けるため、ブランド価値向上に力を注いでいるのです。
出典『サクッとわかる ビジネス教養 ブランディング』
イラスト 本村誠
本書は上記出典を再編集したものです。
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ブランド力が強まれば、お客さんからの信頼を勝ち取れます。そうすれば、売れ続けることができ、値下げ競争にも巻き込まれず、広告費も軽減できるなど、さまざまなメリットがあります。
本書は「ブランディング」について、たくさんの事例をもとに、理論的に、そして実務的に解説。体系的に学べるため、基本が理解できます。
それも大きな1枚のフルカラーイラストとそのキャプションを見るだけで、その項目の概要がわかるつくりになっています。
また、コカ・コーラ、BMW、MUJI、Google、日清食品、サントリーといった大企業の事例だけでなく、ZOOM、ボタニスト、熱海市など、ブランディングによって成功した身近な事例も多数解説しているため、ブランディングのポイントがすぐにイメージ・理解できます。
さらに、小予算からでも始められる、実践するための章もあるため、具体的にブランディングを進めるための方法もわかります。
これからの時代、ブランディングを実践している企業が生き残ります。それは大企業だけではありません。大資本がない中小企業こそが、ブランディングにより、お客さんからの信頼を勝ち取ることが必須なのです。
本書で、ぜひ「ブランディング」の知識を手に入れましょう。
㈱電通でマーケティングディレクターとして21年間の実務を経験後、法政大学経営学部教授、コロンビア大学ビジネススクール客員研究員、中央大学ビジネススクール教授などを経て2022年から現職。
日本マーケティング学会会長、日本消費者行動研究学会会長などを歴任。マーケティング戦略論、ブランド戦略論、消費者行動論、広告論などを専攻。日本マーケティング学会よりマーケティング本大賞/準大賞/ベストペーパー賞、日本広告学会賞、中央大学学術研究奨励賞、東京広告協会白川忍賞(特別功労賞)などを受賞。著書に『ブランド戦略論』(有斐閣)、『企業を高めるブランド戦略』(講談社)など多数。